野毛坂マーケット(4) –旅館「住よし」(大谷一郎)
米軍物資の横流しは、第八軍司令部にとって、頭の痛い問題だった。一度にトラック何台という規模だからである。「親分」などと称される人物は、多かれ少なかれ、横流しに関係しているので、ほとんどが警察に引っ張られていた。
野毛マーケットをおこした肥後盛造についても、地元警察には、第八軍から、「一度検束しろ」と、たびたび指令が来た。が、警察は肥後に横流しの事実がないことを知っているので弱り切っていた。そんな時、格好の事件が持ち上がった。
突然、街に「野毛閉鎖」のウワサが流れ出したのである。死活問題だから、早朝から肥後の家の前は黒山の人だかりとなった。野毛について自分より詳しいものはいない。そう自負する肥後は、不安にかられている人たちを見て、腹の底から怒りがこみ上げてきた。
ウワサは、市役所の一課長の放言とわかった。見回りの途中で、ばったりその課長に出くわした肥後は、「軽率なことをいうな」と、思わず張りたおしてしまった。翌朝四時、肥後の家のぐるりを五十人もの警官がとり巻き、知り合いの刑事が玄関をたたいた。「肥後さん、きのうの件で、ちょっと…」。肥後は笑った。行く先は第八軍と見当がついた。
恐れるものはなかった。ゆっくりと朝食をとり、フトンや枕を若い者に担わせた。肥後が家を出ると、すぐ家宅捜索が始まったが、もとより横流し品も何も出てくるわけがない。
二、三日すぎた。たとえ警察であっても、居場所がはっきりしているだけ、光子さんには安心というものだったが、五日目に、地元の人たちが署名を集め、嘆願書を作ってもってきた。光子さんはそれを携えて、こわごわ警察に出向いていった。
「ご苦労さん、かあちゃん。あんたの亭主は金も欲もない男だよ」
検事がでてきて、こういって笑ったので一安心した。おまけに、司令部から来ている米軍検事が、なぜかタバコを1カートンくれた。キツネにつままれたような気分だった。そして、十日目に、肥後は元気に帰ってきた。
このころ、光子さんは野毛の一角に旅館「住よし」を持つことができた。肥後は変な顔をしたが、光子さんは「財産がなければ、おとうちゃんの死んだあと、私は他人の台所をはいずるようになるんだから」といった。
「馬鹿いっちゃいけねえ。死ぬのはおまえが先だ。びっくりして、生き返るような葬式出してやるわ」
昭和二十七年、桜川を埋め立てることが決まり、カストリ横丁は撤去となった。肥後は、当時の平沼亮三市長に頼まれて、横丁を桜木町デパートに移行する代表世話人となった。これが最後の仕事だった。
――昭和三十三年二月、肥後は、あっさり他界した。享年五十八歳、直腸ガンだった。
私心なく、野心なく、最後まで一介の路店商として生き抜いた肥後盛造。「住よし」の光子さんの居間は、今でも訪れる人で線香の絶えることはない。
野毛ストーリーより
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