桜木町デパート[3] (大谷一郎)
→前回からつづく
桜木町デパートの中ほど、今でいうなら牛井の 吉野家に向かい合うあたりに、不思議な店があっ た。
「安定屋」。屋号からして変わっているが、それ より何より、目を見張るのは、その商売のやり方 だった。束の物をバラ売りするから、小売商だが、 その下をゆく商法だった。例えば-
木綿糸を一メートルほどに切って、ボール紙にクルク ル巻きつける。針を一本さして、ワンセット十円。 ゴム長などは、片方ずつ売っていた。「右に穴があ いてるんだ。右だけくれ」「ああいいよ」。米とガ ソリン以外のすべてが、この調子で売られていた。
客は港湾労働者がほとんどだが、実際、この店 のおかげで、彼らはどんなに助かったか知れない。 営業時間は朝五時から八時まで、昼間は休んで、 夕方五時から夜十一時ごろまでである。主人の名 前は、もはや、はっきりしないが、この店を覚えている人は多い。主人は、小柄で、いつもクルクル働いていた。
この人のクセなのか、何でも客に品物を渡すと き、電話帳を一枚「ぴりっ」と破いて、それに包 んで渡す。頼まれれば、小金も貸したが、金をむ き出しで渡さないのは、どこかで取られないよう にという親切かもしれないが、包まれて困ってし まうものもある。
店の前に七輪が二つ。一つは餅を焼き、一つは、 身欠きニシンがのっている。この餅というのが、 つまむとそのまま、うどんのように、するすると 伸びてしまう。全く腰のない代物で、電話帳に包 まれたら、はがせるものではなかった。
ロウソクがすごかった。
夏になれば、必ず一日一回は停電した。ブレー カーなどという物はない。ヒューズが、ちぎれ飛 ぶのである。夕方、通り雨でもないと、むし暑さ に一斉に扇風機を使い出す。すると、電灯がすう ーっと心細くなる。
「それきた」。すぐ隣のスナック「M」のママ、 亀井政江さんは飛び出す。「おじさん、電気まだっ いてるよ」「ああ、じゃあ一本十円」。そのとたん 暗転。ゾロゾロ、ガタガタ、他の店の住人たちが ロウソクを買いに来る。 「一本二十円。停電中は二十円!!」。倍にはねあがる。東電がやって来て、復旧するのに小一時間 かかるから仕方ない。みんなあきらめ顔。
--こんな商売が平気でできたのも、日ごろ、律儀で役に立つ人柄にあった。労働者からは、絶対 の信頼を得ていた。雨がやんだので傘を買ってくれという者。暑くなったから上衣を金にしてくれ という者。売ったり、買ったり。古着から雑貨ま での総合商社だった。ただ、店が衣類でふくれあ がるころは、ちょうど梅雨時。洗濯などしてある 者はなかったから、その汗とホコリの悪臭はもの すごかった。あちこちで酔いつぶれている者を、 小さい体から大きな声を出して、説教しながらた たき起こす。彼らも相手が「安定屋」とわかれば 素直に従った。それだけでも、デパートの住人た ちには、大事な人間だった。
野毛ストーリーより
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