庭の千草(2) (大谷一郎)
焼け跡にジャズ喫茶「ちぐさ」はよみがえった。そのウワサはあっという間に広がった。
それは進駐軍が日本人の買い物の場所として、野毛を指定したことにもよる。ここで何かあれば、それは当然、すぐハマのニュースとなる。とはいっても、レコードは一枚もなかった。
主人の吉田衛さんの消息を聞いた人達からレコードが続々と寄せられた。戦前、ここでジャズを聴いて、その後の暗い時代をすごし、もう一度この店からジャズが流れることを夢見ていた人たちは生き残っていたのである。レコードは千枚にも達した。ここからまた、吉田さんの別の苦闘が始まる。
「Vディスク」。進駐軍が特別制作した兵隊用の備品レコードである。「こいつを何とか集めたい。それこそ、日本のジャズの空白を埋めることのできる物だから」。しかし、PXでは自由に聴けても、持ち出し禁止。日本人が所有していることがわかれば大変なことになる。米軍も、物資の横流しには目を光らせていた。
「ちぐさ」に、MPがジープで乗り込んでくる場面がたびたびあった。そのたびにVディスクを隠すために大あわて。だが、そのうち彼らにも吉田さんの真意は少しずつ伝わり、やがてみんな客になってしまった。
食うや食わずの日本の若きジャズメンは、いつの間にか、店に黒板を持ち込んで、仕事を得るための連絡場所にしてしまう。その中から有名なプレイヤーが続々と誕生していった。
「ナベサダ」(渡辺貞夫)は若干二十歳。メキメキと頭角を表し、ホープになりつつあったが、演奏のないときは、いつもここでレコードを聴いていた。秋吉敏子、石橋エータローがたむろしていた。
コーヒー一杯が十円。レコードは一枚三千円。それは現在の十万円にも相当する値段である。
何かあると思い出話をする秋吉敏子さんは、「吉田さんがパトロンみたいに思えた。レコードは自分では高くて買えない。『ちぐさ』の十円のコーヒーで半日もねばっていた」と語る。
-そんなジャズメンの姿をみて、吉田さんの胸の中で、時代がゆっくりと後戻りをする。昔、生演奏を聴くには、映画館のアトラクションか、ダンスホールしかなかった。ダンスホールは高くつく。なかなか行かれるところではなかった。
それで、ダンスホールのそばに、一杯十銭のコーヒーで手軽に音楽をと、「ジャズ喫茶」が誕生したわけだが、吉田さんは、雪が降ろうが何だろうが、毎日ダンスホールにでかけていた。どこにそんな金があったのだろう、と自分でも首をかしげる。
十円のコーヒーで店にたむろする若者は、ジャズなしでは暮らせなかった。若き日の自分の写し絵ではないだろうか。
今、街中に音楽があふれる。もうこの店から一流のジャズメンが誕生することはないだろう。吉田さんは、焼け跡の街を一瞬の光芒とともに駆け抜けた彼らの素顔を、若き世代へ伝えるために記録をまとめ始めている。
野毛ストーリーより
Latest News
- 『横浜野毛 闇市から大道芸のまちへ』が刊行。本をポケットに入れて野毛の歴史を探ろう! 野毛の戦後の歩みをコンパクト にまとめた『横浜野毛 闇市から大道芸のまちへ』が令 和3年3月、野毛地区街づ くり会から刊行されました。 最近の野毛は相次ぐマンションの建設で新しい住民が増え、レトロな飲み屋街として若い人た
- 第48回野毛大道芸開催 4/22(土)・23(日) ヨコハマの春の風物詩「野毛大道芸」が4年ぶりに路上に帰ってきます! コロナ禍で横浜にぎわい座での劇場開催を行ってきた野毛大道芸ですが、いよいよ4月22、23日に路上での開催を再開
- 「となり街」が変わる!JR線関内駅北口(駅前) 新たに2つの再開発事業がスタート 旧市庁舎跡とあわせて3棟のタワービルが並ぶ 関内駅前の港町地区と北口地区で大規模な市街地再開発計画が始動しました。令和4年9月に発表された事業概要によると、特徴のある2棟のタワービルを中心に整備され、令和7年度中に着工し
- 「長者橋」が市の歴史的建造物に 優美なアーチ橋が水上アクティビティの拠点に 日ノ出町と長者町を結んで大岡川に架かる「長者橋(ちょうじゃばし)」が令和4年3月24日、横浜市の歴史的建造物に認定されました。 建造から94年。その
- 来年こそ野毛大道芸は路上開催を!! 4年ぶりの完全復活に向け、実行委員会が模索中 コロナ禍で野毛大道芸はこれまで3年間、路上開催ができない状態が続いています。そんな中、野毛大道芸実行委員会(田井昌伸委員長)は令和5
- 第47回野毛大道芸、劇場と野外で展開。感染症対策も万全に大成功! 第47回野毛大道芸が令和4年9月23日の前夜祭を皮切りに24日、25日の両日開かれました。 23組のパフォーマーが出演。ボランティアスタッフも75人と路上での全面復活をめざす大道芸となりました。 前夜祭は横
- 華やかに「大岡川水上劇場」2022開く 水辺の新しいエンタテインメントとして定着した「大岡川水上劇場2022」が令和4年5月22日、横浜日ノ出桟橋を中心に開催されました。 今回は桟橋に設置し台船ステージと
-
生き馬の眼を読む -場外馬券売場の光と影 (大月隆寬)
初出『ハマ野毛 創刊号』 (1992.3 / 野毛地区街づくり会発行) かつて美空ひばりのデビューを飾った国際劇場(元マッカーサー劇場)は、今や安物のクリスマスケーキのような彩りの四角い建物「ウインズ」に変...
- Posted 10月 3, 2022
- 0
-
『横浜野毛 闇市から大道芸のまちへ』が刊行。本をポケットに入れて野毛の歴史を探ろう! 野毛の戦後の歩みをコンパクト にまとめた『横浜野毛 闇市から大道芸のまちへ』が令 和3年3月、野毛地区街づ くり会から刊行されました。 最近の野毛は相次ぐマンションの建設で新しい住民が増え、レトロな飲み屋街として若い人た
-
第48回野毛大道芸開催 4/22(土)・23(日) ヨコハマの春の風物詩「野毛大道芸」が4年ぶりに路上に帰ってきます! コロナ禍で横浜にぎわい座での劇場開催を行ってきた野毛大道芸ですが、いよいよ4月22、23日に路上での開催を再開
-
「となり街」が変わる!JR線関内駅北口(駅前) 新たに2つの再開発事業がスタート 旧市庁舎跡とあわせて3棟のタワービルが並ぶ 関内駅前の港町地区と北口地区で大規模な市街地再開発計画が始動しました。令和4年9月に発表された事業概要によると、特徴のある2棟のタワービルを中心に整備され、令和7年度中に着工し
-
「長者橋」が市の歴史的建造物に 優美なアーチ橋が水上アクティビティの拠点に 日ノ出町と長者町を結んで大岡川に架かる「長者橋(ちょうじゃばし)」が令和4年3月24日、横浜市の歴史的建造物に認定されました。 建造から94年。その
-
『横浜野毛 闇市から大道芸のまちへ』が刊行。本をポケットに入れて野毛の歴史を探ろう! 野毛の戦後の歩みをコンパクト にまとめた『横浜野毛 闇市から大道芸のまちへ』が令 和3年3月、野毛地区街づ くり会から刊行されました。 最近の野毛は相次ぐマンションの建設で新しい住民が増え、レトロな飲み屋街として若い人た
-
第48回野毛大道芸開催 4/22(土)・23(日) ヨコハマの春の風物詩「野毛大道芸」が4年ぶりに路上に帰ってきます! コロナ禍で横浜にぎわい座での劇場開催を行ってきた野毛大道芸ですが、いよいよ4月22、23日に路上での開催を再開
-
野毛まちなかキャンパスの 特別公開講座「吉田新田の歴史」開催のお知らせ 野毛まちなかキャンパスの特別公開講座、「吉田新田の歴史」が、次のとおり開催されます。ふるってご参加ください。 日時:2014年12月22日(月)18:00-19:30 場所:横浜にぎわい座芸能ホール(定員350人) 講師
-
街づくり会公式サイト、リニューアルいたしました 街づくり会公式サイトをリニューアルいたしました。 野毛の長い歴史遺産をアーカイブしながら、最新の情報も盛りだくさんにしながら、野毛の盛り上がりに一役買えたらと考えております。 ご意見やご提案などお待ちしております。 &n
- 生き馬の眼を読む -場外馬券売場の光と影 (大月隆寬) 初出『ハマ野毛 創刊号』 (1992.3 / 野毛地区街づくり会発行) かつて美空ひばりのデビューを飾った国際劇場(元マッカーサー劇場)は、今や安物のクリスマスケーキのような彩りの四角い建物「ウインズ」に変
- クジラ横丁の思い出 (大谷一郎) 高木良雄さん(63)野毛で大衆酒場「いざよい」を経営する。 店のガラス戸を開けると、揚げ物のにおいと、客同士の喧騒が、昔の野毛をほうふつさせる。活気に満ちている。現在の場所になったのは、昭和三十年からだが、