「野毛は負け犬の街でいい。フルスロットルでバックギアですよ」 (福田豊)
野毛の歴史(ERA)に立ち会ってきたエラい人に、野毛の話を聞くシリーズ第一回。
まずは、野毛小路の中華料理「萬里」の福田豊さんに話を聞いてきた。終戦直後に日本で初めて餃子を売りだしたいうこの店のオーナーは、そればかりではなく、知る人ぞ知る野毛の伝統ともいえるイベントを仕掛けてきた人でもある。今でも野毛の様々な活動に携わってる福田さん、焼酎片手に楽しそうに昔の話をしてくれました。
終戦で引き上げて野毛にやってきた
終戦の時に大陸から着の身着のままで引き上げて来たんですね。ヨコハマにボクの父親の友達が船具屋さんをやっていたわけですよ。船具屋さんっていうのは、軍手から工具、部品まで、いろんなものを代行して船に納める商売ですね。ヨコハマで一番古い船具屋さんで、その人をたよってヨコハマに出てきたんです。
ぴおシティは横浜協進産業がやってますけど、昔は戦争から引き上げて来た人をまとめて、横浜市から土地を安く売ってもらって、一種のスーパーみたいなのをつくっていた。「協進デパート」っていいましたね。そこにいた。でも、それでも食えないから、おふくろが大岡川に半分ケツを出すように屋台に毛のはえたようなのをつくって餃子を売りだした。※1
そしたら餃子は珍しくかったから、爆発的に売れたわけですよ。それが昭和24年かな。終戦直後からウチは餃子を売ってたんですね。
ところが中学からはオヤジが世間を見てこいと、親戚に預けられて、安倍晋三の出た成蹊に通いだした。大学になってからヨコハマに戻ってきたんだけど、そうすると野毛に後から来た人たちは、ボクのことを新参者だと思ったみたいだね。本当は小学校からいたんだけど。昭和39年にオヤジが病気になって、電通の子会社にいたんだけど、店を継いだ。
※1 現在の根岸線沿いの桜木町から石川町まである道路はかつて運河だった。現在の市営地下鉄ブルーライン桜木町駅は、その埋め立てた川の真下にあたる。その運河沿いには戦後に小さな屋台が立ち並ぶマーケットとなっていた。
野毛大道芸と伝説のタウン誌「ハマ野毛」
で、ここで商売してみると、こんなヘンな街はないわけですよ。野毛みたいなところは東京にはない。その魅力を戦後の数年間にかぎって、産経新聞の神奈川県版で連載したのが「野毛ストーリー」※2です。
その次は野毛大道芸ですね。でもね、大道芸も最初は希少価値があったけど、日本中でやりだすようになったら興味なくなってしまった。ボクは「オンリーワン・ファーストワン」が好きだから。
それでやり始めたのが「ハマ野毛」。※2 でもこれは文化人の遊びのために野毛のお金を使うんだと言われてしまってね。それで平岡正明さんに話したら、「いいよ、いいよ。キレイさっぱりやめちまえ」と言って、最終号で「カネの切れ目が縁の切れ目」と書いてたね。でも、その「ハマ野毛」も日本全国の図書館に今でも置いてあるよ。
※2 「野毛ストーリー」
1984年から2年にわたりサンケイ新聞神奈川版に61回にかけて連載された。筆者は大谷一郎、挿絵は広野徹。野毛に生きてきた人達の自分史といえる。神奈川サンケイ新聞社から単行本となったが現在では入手困難。本サイトでは、その「野毛ストーリー」名作選を随時掲載していきます。
※3 「ハマ野毛」
野毛地区街づくり会により発行されていたタウン誌。「ハマのジャーナリズムはトロいから野毛がやります」と創刊の辞を書いたのは文芸評論家の平岡正明氏。野毛をこよなく愛して野毛にまつわる著書も出されている平岡氏が主筆となったこのタウン誌は、「野毛発!!B級タウン誌の真実」とキャッチコピーとは裏腹に、野毛の名物店主やお客さんに混じり、野荻野アンナ(小説家・慶応大学文学部教授)・田中優子(女優)・種村季弘(ドイツ文学者)・四方田犬彦(映画評論家)・大月 隆寛(民俗学者)・梁石日(小説家)・三波春夫(歌手)など、錚々たる面々が寄稿している。本サイトでは、その「ハマ野毛」名作選を掲載していきます。
「野毛は後退し続けろ」
その「ハマ野毛」の残党が、荻野アンナとか高橋長英さんで、その人たちと「野毛大道芝居」というのを始めた。もともと平岡さんと仲良くなったのは長谷川伸の大ファンだったしね。ボクがやったことはみんな長谷川伸の世界だよ。大道芸も芸としては下の下。ハマ野毛もタウン誌としてはB級。下品なことしか書かない。大道芝居も旅芝居だからね。日本中がいいところに住みたい、もっと儲けたいとか、偉くなりたいとか、上昇志向にあるなかで、ボクは「オンリーワン」が好きだから、バックギア。常にフルスロットルで下降志向。これが今、珍しくなってきたわけだね。平岡さんが言っていた、「野毛は後退し続けろ」、それでいいと思う。
ホンネの街でいいんですよ。世の中は負け犬が多いじゃないですか。人にこき使われている人間のほうが多いんですよ。勝ち犬なんて10%もいないわけですから。だったらここは負け犬の街でいい。それが基本コンセプトですよ。平岡さんとよく話していたけどフリークでいいんじゃないか、と。下品さが野毛の売りなんですよ。ホンネでいい。泣きたいときは泣けよ、吠えたいときはほえろよ。それでいいんですよ、野毛は。みんな上昇志向なら、こっちは汚くていい。そんなのを30年やっていたら、そんな街は首都圏に野毛しかなくなっていたわけですね。それを珍しがって、みんな野毛にやってくる。
そんななかで最近は心配なのは、野毛の家賃が高くなっていることだね。キレイな街になるのはいいことだけど、そうなると、ヘンな人がいなくなっちゃうからね。食うか食えないかという人が集まるから面白いのであってね(笑)