欠けた食器(うつわ) (村田屋主人 藤沢智晴)

2016年1月18日

 

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「欠けた食器はもう捨てようよ」と女房が言う。そういえば、おやじから店を引き継いで十年、食器の買い物はほとんどしていない。青磁の大皿、刺身の盛鉢、ナベに使うとんすい、みんなみんなキズだらけ。欠けてない方を見えないように、そっと出す気遣いに疲れたのかな、と思う。昔の「村田家」は「食器がいつも新しくて気持ちがいい」と客から褒められたものだった。でも、それにはワケがあった。

「コンチクショー」「バカヤロー」金切り声と罵声。続いて「ガチャン」「バッターン」、瀬戸物の割れる音、テーブルのひっくり返る音。年に一度(?)、我が家の夫婦ゲンカの幕開けだ。茶ワンが飛ぶ、小鉢が飛ぶ。座ぶとんが飛ぶ、灰皿が飛ぶ。食器類の飛行経路をはずし、僕達兄弟は中央の安全地帯に陣取り、首だけ出して観戦。見ると、おやじはおでこにコブをつくり、おふくろも目のまわりに青丹、鼻血も出ている。やがて得物もつき、店のまん中にガレキの山が築かれる頃、おふくろは座敷ボウキを手に白タビのまま、道に飛び出す(思い出にはタスキをかけ、白てぬぐいではち巻きをしていたような気がするが、たぶん記憶違いだろう)。そして、内に居るおやじに向ってどなる。「コノヤロー、出てこい!」もうすでに周囲は黒山の人だかり。内のおやじはオロオロ。僕達兄弟は顔を見合わせて、「スゲーなー」

「時の氏神」はいつも「一千代」のバーさんだった。「チョッとどいとくれ」人垣を割ってはいり、まず親父に一喝。「いいかげんにしないか!こったらマーはずかしい。子供の前で何をしてる!」これで一件落着。
原因はきまっておやじのバクチと女。毎晩その日の売上げを全部持っていって使ってくるのだから、尋常ではない。おふくろも、何とか阻止しようと、マクラの下などに隠すが、疲れて寝入った所をかっさらっていく。当時(昭和三十年頃)の村田家は野毛では評判の繁盛店で、売上げも相当あったらしいから、遊びも派手だったのだろう。女は言うに及ばず競輪、競馬、競艇、パチンコ、花札、サイコロ等々、何でもござれだ。おかげで僕も、変な知識はずいぶん早くに身に付いてしまった。

おやじは店をおえると、毎晩ほとんど家に居なかった。おふくろは淋しがっで、僕と一緒に寝たがったが、僕はいやがった。四十三歳の夏、おふくろは胃カイヨウの手術に失敗して死んだ。おやじは「昌子、マサコ」と、おふくろの名を何度も呼んで、遺体にすがって泣
いた。葬式が済んで一週間して店を開けると、おやじは知らないおばさんを連れて来て言った。「この人が新しいおかあさんだ」よく見ると、おふくろの葬式を手伝っていた人だ。おやじも、なかなかやるなと思った。
おやじは、言い訳がましく、こうも言った。「女がいないと、飲食店はできねえんだ」―。

「食器を買うなら、最初に青磁の皿を買おうよ。『トポス』で売っているのを見て来たの」と女房は続ける。
「ウーン、そうだなあ」僕は煮えきらない。「おふくろは、あんなに激しく妬いたのに」。そんな僕のつぶやきが聞こえるはずはない。当分、村田家では、欠けた食器に料理を盛る日々が続く。

 

初出:ハマ野毛創刊号(92.3.10)

Photo by Weichao zhao