大岡川漂泊記(2) -愛しの”自己変革” (田村行雄)

2016年1月18日

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ある三月のホカホカ陽気の夜、ポカポカに気分的にさそわれて、野毛に出たわけ。おでんやで一杯やって、福富町の馴染みの店で相当飲んだわけ。このママさんがえらくキレイな人で、元野毛劇場の踊り子さんなんだよね。このママさんに僕は熱をあげてしまって、その日の夜もかなりの欲求不満を残して店を出たわけ。一時くらいだったと思う。それで帰ろうと思ってタクシーをひろいに長者町の通りに出たんだけど、やたらに立ちんぼが多いのよ。それで欲求不満があったものだから若葉町あたりをウロウロ歩き始めたわけ。

さっきの黄金町もそうだけど、やたらウロウロ徘徊するのが僕の癖かもしれないな。

それで立ちんぼの中で異色の女性がいて、これはかなりの美人で韓国の女性なんだよね。思わずその美しさで身震いがするほど。もういくらでも構わないと思った。で、ここから悲劇が始まるとは僕も知らなかった。

それでその女性は、へんな日本語で「お兄さん、遊ばない?」「いいよ」「名前は」「花子です」「ふうん」「じゃホテル行こ」て近くの連れ込みに入ったのよ。

中に入って、いつもと同じだけど服も脱いで、バスルームに行ったわけ。でも何故かミス花子は服を脱がないでバスルームにこないのよね。

僕は、まっいいかと思って、せっせと息子をきれいにしたわけ。そしたら、花子が外から「早く」っていうからバスルームを出たわけ。花子は服を脱いだようで、ベッドの中にもぐりこんでいて、手招きをしているんだよね。それで僕もベッドの中に入って、花子が「あたい、しゃぶる、得意」つていうわけ。僕もしゃぶられるのは嫌いなほうじゃないから「どうぞ、どうぞ」つていう感じで、息子も元気いっぱい。そのうち、こっちも興奮というか、快楽感というか、やたらと花子の体を触り出したのですよ。そしたら、あなた、なんと、なんと、あのコ間が、実にモッコリなんですよ。

えーっていう感じでこの場をどうとりつくったらよいのか。花子はいっしようけんめいペチャペチャやってるし、僕は僕で花子に息子の動向をさとられてはいけないと必死になっているんだよね。もうなるようになれという感じでやけくそになったわけ。尻でもなんでもいい。僕の尻ならやばいけど花子の尻なんだから。でもしまりというか、なんというか、息子がつぶされるような感じで痛いんだよね。でも、お互いに同じ人間、女を愛することができるのなら、同性の男だって愛せるはず。彼女を男だと思うからいけないんだ。僕はまだ人間が出来ていないなと強制的に自己変革をしたよ。

そしたら、互いに国は違うけど、心と心は通うものなんだね。終了したあと、花子はえらく感謝して、「私の家、来てください」ってなったわけ。またまた僕は真っ青になったわけよ。心の中で「うーん」とうなっていたよ。でも、さっきの自己変革だよ。関係しちゃったんだからしょうがないじゃないの。行くとこまで行くのが男だろ。

それで、ホテル出て、花子のマンションに行っちゃったよ。ホテルから歩いて七、八分の所にあるライオンズマンションなんだよね。そこの五階の角の部屋に住んでいるの彼女は。部屋はいわゆるワンルームマンションで、中央にコタツ、入ってすぐ左の方にダブルベッドが置いてあった。そのベッドをみて、また心の中で「うーん」ってうなってしまった。これから何が始まるのかなと考えると足は部屋から出たがっているんだよね。でも、花子は僕よりもなんとなく力が強そうで、腕、引っ張られて部屋に入っちやったのよ。

そうなると人間不思議なものでまず座りたくなるのよね。それで「コタツ、入って」っていうからコタツに入ったの。花子は戸棚にあるブランデーを用意して、「飲みましょ」っていうんだ。僕は困っちやったよ。ここでさらにアルコール飲んで自分を見失うと自己変革どころか、思考なんてどっか飛んでけっていう感じになっちゃうんじゃないのと思って。それで、花子といろいろお話をしてなんとか無事にこの夜を過ごそうと思ったわけ。

そしたらこれがまずかった。いろいろ話をしてくれるわけよね。人間、その人間のいろいろな状況、境遇を知ると情が移っちゃうんだよね。で、いろいろな話をしたわけ。花子の親の話、済州島から日本へ来てお金を稼がなければいけないこと、弟のために学費を稼いでることなど話を聞いていると泣けるんだよね。

しばらくしてから、花子が韓国のチマチョゴリもってきたもんだから、それを着て、二人でコタツの上で踊っちゃったよ。踊りが終わったら、彼女、時計をみて「ソト、シゴトニイク、ユキオ、ベッドネテテ、マッテテ」っていうから、僕もだいぶ遅い時間だし、明日は仕事あるから、そんじゃ寝てようかってなったわけ。この時は完全に情に流されていたね。こんな気持ち持ってたら人種なんか間係ないと思うけど、やっぱし僕はまだ未熟なんだな。ベッドに入ったら興奮して眠れないんだよね。「ユキオ、イッテクルヨ」つていってドアをパタンとしめて彼女出ていったのよ。

それで、僕も少し安ど感でウトウトしてきたの。そしたらドアが開く音がして、ガヤガヤいいながらざっと七、八人くらい彼女と同じ職種の人たちがドカドカと入ってきたんだよね。ウワッと思わず心の中で叫んだよ。やぽいと思って彼女たちに背を向けながら寝たふりして、じっとしていた。きっと花子の声だと思うけど、韓国語で「恋人がいる。みんな少し静かにして」とかなんとかいったんだと思う。急に、この七、八人の集団がシーンとなったんだ。

シーンとなったもんだから、こっちはどんな音でも聞きのがすまいと全神経を耳に集中してじっとしていた。でもシーンとしているんだよね。なんかベッドにいる自分を観察されているようで、「ワカイニホンノオトコワタシタチデョロコビヲオシェテアゲマショウ、マヅアナタカラヨ」つていう具合で、僕は犯されるのかと思ってひたすら寝たふりをするだけだった。

そしたらベッドがゆれるような感じがして誰かが近づいてくる気配を感じた。僕は目をつぶって起きているのをさとられないように軽い寝息をたてたんだ。なんか目の前に顔が近づいている感じだった。ヒソヒソ話でなんかいっているんだ。きっと、「恋人、よく寝てる」とか言ってたんだと思う。

そのうち、笑い声やなんか踊っている感じの音が続いた。しばらくして七、八人がソロソロとあいさつを交しながら部屋を出ていったようだった。花子もなんか言いながら友だちに別れをつげているようだった。

それで、またシーンとして、服を脱いでるらしい音が耳に入ってきた。急にベッドがもぞもぞして、花子が、例によって僕の息子を触りだした。僕は極度の緊張状態と疲れで、「うーん」とうなって花子の手をさし戻した。花子も疲れてるらしく、ほんのまもなくイビキをかいて完全に眠ったようだった。

トントントンとまな板の上で何かを切っている音が聞こえてきた。目をあけると、パンツ一枚の花子の姿が飛びこんできた。筋肉質のいい休をしている。しかし行動は女性なんだよね。僕より早く起きて、僕のために彼女は朝食を作っていたんだよね。世の女性にみせたいよ。

この朝食の料理がまたすごい。朝から焼肉定食の豪華版といった具合、みそスープは白滝と肉、お皿にはレバーの焼肉、キムチ、ナムル、油づけのノリと心をこめた手作りの料理だった。

これを食べて僕は眠い目をこすりながら、花子のロづけを受けて、黄金町から京浜急行に乗って元気に職場へと出勤したのであった。

 

初出:ハマ野毛創刊号(92.3.10)

Photo by Ishikawa Ken